Chapter4 1996

パソコン童貞

 PentiumとWindows95が広く浸透しメジャーになった1996年。
 中だるみを防ごうと規律正しい生活を送ったり、だんだん難しくなる講義内容の予習復習をしたり、夕焼けを眺めて今後の生活方針を思案したり、感性を豊かにするためにゲーテやベーコンなどの著書を読んだりすることの全くなかったオレは、毎日が中だるみで昼夜逆転の規則正しい生活を送り、夕焼けを眺めて好きなアニメキャラと両思いになれる妄想をしたり夢を見たり、欲求を満たすために成年コミックやエロ同人誌を大量を読み漁る敬虔な秋葉原ピープルであった。
 オレが生まれて初めて親に買ってもらったパソコンはノートパソコンのPC-9821Nb7/C8(以下Nb7/C8)だった。CPUはPentium75MHz、メモリは24MB(16MB増設済)、810MBのHDDでノートパソコンとしては当時でもハイスペック機で、NECのNb7/C8標準小売価格である「498000円」という価格設定を見てもその意気込みがわかるビジネスノートだった。かつて使っていたワープロSHARP WD-A760のデータをTEXT文書変換するまではしばらくパソコンを使わずにワープロをメインで使っていた。
 96年4月。時にオレの20年目の誕生日。オレは生まれて初めてと言うか、念願の18禁ゲーム「Ribbon」を購入した。浪人時代に購入したギャルゲー雑誌に掲載されていて先生の口から滴る涎に激しく欲情し「むちゃくちゃ欲しいッ」とおもったゲームである。・・・そんなのはどうでもいい話ではある。
 そんなゲームもインストールの方法すらわからず、Nb7/C8の電源も入れるのが怖くて(注:電源入れるとひょっとすると壊れるかもしれないという訳のわかんない恐怖感があった。これ実話)親からWindowsの入門書を買ってもらったはいいのだが、書いてあることの意味が全く理解できずたまに電源を入れては正規手順でシャットダウンを繰り返す毎日が続いた。
 そんなこんなでパソコンというかWindows95を「いじり」始めて1ヶ月の96年5月になった。0から初めて通常は1ヶ月で使いこなせるようにはならない。よほどの天才でもない限り無理なはずだ。ところがオレはこの1ヶ月間にものすごい勢いで・・・案の定ほとんどナニも覚えられなかった(爆
 せいぜいデスクトップのアイコンを変えたり壁紙を変えるなどの非実用的な使い方をするのが精一杯だった。DOSのコマンドなんてもってのほか。Windowsを「使う」というよりは「いじる」だけだった。
 そんなオレをパソコンオタクに変える出来事があった。
 
 「おまえのパソコンの使い方は、全然実用的じゃない」
 
 ある親友にオレはこう言われたのだ。言われてみれば実用的な使い方は皆無だったし、昔からPCを使っているユーザから見ると、最新鋭のPentium搭載機をいじっているだけなのはあまりに無駄に見えたのかもしれない。だがオレはこの一言に衝撃を受け、PC-98の歴史を逆行(Pentium→486→386→286→V30→8086)するというベクトルがあらぬ方向にいってしまったPC-98ユーザに変貌する。
 具体的にどんな風になってしまったかは後ほどお話しよう。
 まあそれはそれでよいとして(ォ。
 身の回りでパソコンを使っている友人をぼちぼち見つけ始めたのもこの頃だった。特記すべきはオレの親友の一人の某TM君。オレが大学に入って最初に友達になったやつだ。彼はPC-8001からのユーザで以降PC-8801PC-9821As2PC98-NXとNEC製品を使いつづけている。またNECと横山智佐をこよなく愛しており、BASICプログラミングは相当のものである。ほかにも某M君とか某N津とかもPC-9821を買い、このころはオレの周りでの「第一時パソコンブーム」だったとオレは勝手に思い込んでいるほど多くのやつがパソコンを買っている。この頃にパソコンを購入したやつはすべてオレと同期のやつだ。
 話を戻そう。最初の18禁ソフト「Ribbon」を購入したオレは毎週のようにアキハバラに通うことになる。目的は「同人ソフト・同人誌・18禁ソフト購入」のためだ。そういうオレは決まってメッ○サンオーや虎○穴に出入りしては毎回多量の製品を購入しては欲望を満たしていた。ちなみに当時オレ内部で最高に強まっていたジャンルは「美少女戦士セーラームーン」であったことはいうまでもない(お
 96年7月。同人ソフトを買いあさっていたオレはとうとう来るべきものに出会ってしまった。「コンピュータウイルス」である。バンドルされていたウイルス検索ソフトがHDD内のウイルスを検出したのだ。名称は「Cascade.1701」。インターネットもやらない、他人とのデータ交換もやらないオレが感染した経路を明らかにするのは簡単だった、っていうかそれしかなかった(ぷ パニクったオレはバンドルされていたウイルス検索ソフト会社(当時JADE、現NetworkAssociates)に問い合わせてデータを貰い、翌日ワクチンソフトを購入して見事ウイルスを撃退した。
 それもこれもよくわからないまま変なことをやっていたから自業自得なのだが。蛇足ながら、ボクが今の「電脳ぺんぎん」を名乗る前に使っていたハンドルネームはこの「Cascade.1701」だった。
 その頃大学の講義で受けていた「情報処理」の課題の提出もあった。毎回講義に出て、指定された課題を提出して、必要なコマンドの類を一生懸命に覚えようなどとは1オングストロームほども考えなかったオレは、一応は講義には出ていたが、講義中インターネットでチャットしたりエロサイトを見てたり、Windowsのシステムファイルをデリって再起不能にさせたりして遊んでいたのでまったく課題をやっていないことに気がついた。あせったオレは提出の前日に手許にあるBASICの本を読み漁り覚えたコマンドだけを使って一晩で2000行のメインプログラムを3本と約10個の小課題を組んだ。しかもそれぞれの課題がメニュー操作で起動可能にしてあり、見る側にとっても大変便利なはずだった。我ながら自信の作で、評価は絶対Aだと確信していたその講義の評価はなぜか「B」。理由は「講義で教えていないコマンドを乱用したから」だったとのうわさだコンチクショー(ぉ 型にはめる教育を恨んだ事件だった。
 ウイルス騒動でげんなりしたオレは、それからは普通にワープロを使ったり、かつてのペン書院からTEXT変換した文書などを整理したり、Excel95で簡単な家計簿や金銭出納帳やリストなどを作って普通にパソコンしてその年は過ぎた。
 ちなみに当時のオレには彼女がいた(はずだった)。後に結婚する妻と遠距離恋愛をしていた(はずだった)。「はずだった」という表現をしているのにはのは理由があるからだ。この年のある日、大学合格のお祝いの手紙が彼女から届いた。合格を祝福する内容から始まっていたこの手紙は、最後に爆弾を抱えていた。
 
 「私にはつきあって1年になる年上の彼氏がいます」
 
 な、なんだってー! いいか、ちょっとまて、オレとつき合っている「はずだった」のではないか? つき合っているのはオレとじゃないのか? 話がわかんねえぞ? 別れるとかいう話もなかったし、しかも1年前といったらオレが浪人している頃じゃないか。何回か水戸で会って話したときもそんなことは一言もでてこなかったじゃないか。オレは知らないうちに捨てられていたのか? あまりにひどい。信じていた彼女(ひと)に裏切られたのだから。
 そのあまりのショックが原因で、オレはインポテンツになった。男性としての価値がなくなったと思った。悲しかった。
 この一件が発端となり、オレの恋愛対象はアニメやゲームのキャラとパソコンに絞られ、さらに数年間、童貞を頑なに守り続け、独身貴族を名乗ることとなる。
 


最終更新日時:2004/01/27 16:17:20